大日本茶道学会 - 公益財団法人三徳庵

令和6年6月:翫賞

 茶人は、なぜ道具を「拝見」すると言うのでしょうか。

それに対して、父は次の様に解説しています。
「それは、ただ鑑賞し評価するのではなく、掛物の筆者を敬い、掛物の内容をくみ取り、それを飾り付けた亭主と同じ気持ちになって翫賞することを意味するのではないだろうか。」『茶道の美学』(講談社学術文庫)

作者に敬意を払い、掛物の内容をくみ取るということは、これまでも言われていたことです。父が付け加え、主張したかったのは、「それを飾り付けた亭主と同じ気持ちになって頑賞すること」ということになります。

「翫賞」という聞き慣れない言葉を使うには、漢詩に親しんだ父のことだから「典故」の発想があったのだろうか?と思い浮かびました。典故とは、その言葉を使っている詩や故実に結びつけて表現を豊かにする発想です。

上田敏は、ヴェルレーヌ、ランボー等、フランス象徴派の詩を日本に紹介した翻訳詩集『海潮音』で、「詩人も未だ説き及ばざる言語道断の妙趣を翫賞し得可し」と「翫賞」を使っています。

上田は、「詩人の観想に類似したる心情を読者に与ふる」作用として象徴を説明します。「類似」と述べているのは、詩人と全く同じ概念を読者に伝えることが目的では無く、「されば静かに象徴詩を味ふ者は、自己の感興に応じて」、詩人が言おうすると以上の世界を「翫賞」することができると説いています。

掛物を含めて飾り付けられた道具を、亭主の茶会の意図を象徴するものと受け止め、まずは、客が、亭主の意図を推測しつつ、気持ちを膨らませていくことで、図らずも亭主の意図を越えた以上の素晴らしい意味を発見することが「翫賞」になるのでしょうか。

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