大日本茶道学会

令和4年8月:未来について知っていること

 新型コロナウィルスのまん延、いや、東日本大震災かあたりから、「予期せぬことが起きた」という話ばかりを聞いているような気がします。
 他人ごとのような言い方をしましたが、胸に手を当てて反省すれば、「予期せぬことが起きたので」という言葉を言い訳として使ったことも一度ならずあったかと思い当たります。
 それが高じて、「また、予期せことが起きないか」と不安の種になってしまっては、心身がむしばまれることになります。
 こんな中、未来はどうなるのかと未来を予測していそうな本を繙くことも多くなりました。
 しかし、そこで、ピーター・ドラッカーの次の言葉が引用されていたのには驚きました。
 
 われわれは未来について、二つのことしか知らない。一つは、未来は知りえない、二つは、未来は、今日存在するものとも今日予測するものとも違う。

 引用元の『創造する経営者』を確認したら、この箇所に線が引いてありましたが、すっかり忘れてしまっていたようです。
 ドラッカーは、未来がわからないのは当たり前なのだ。また、現在の延長線上に未来を予測することはできないのだ、と教えてくれています。
 その教えに素直に従えば、「予期せぬことが起きた」と驚いたり、「予期せぬことが起こりまして」と言い訳するわけにはいかない、ということになります。
 歴史を振り返る時には、未来は決して当事者が計画したようには起こらない、という視点を加えて考察していました。
 しかし、大切なのは、明日を生きる時に、生かすことです。
 何か、予測できないことが起こっても、「未来だから、当たり前」と受け止めることにしましょう。
それは気の持ちの持ちようですが、持ちようで変わってくるから、「気持ち」と書くのではないでしょうか。

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