大日本茶道学会

令和4年5月:余白の効用

 東京都立美術館を皮切りに開催されている「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」では、フェルメールの「手紙を書く女」の背景にキューピットの画中画が復活する形で修復された姿をみせてくれました。フェルメールが描いた本来の姿が、長い歴史を経て再現されたということになります。

しかし、画中画が塗りつぶされて壁になっている修復前の姿と比べると、塗りつぶされていた前の姿の方が好きだなと思ってしまいました。そちらの方が見慣れているということもありますが、画中画が登場することで、女性のもっている手紙の解釈は、明確な答えを与えられました。解釈が確定したことは喜ぶべきことですが、これまで勝手な想像を思いめぐらしていたファンとしては、素直に喜べないで美術館を後にしました。

その後、拙著『お茶を権力』に関連してインタビューを受ける中で、「利休の茶がここまで人をひきつける魅力はなんですか」という質問がありました。それに対して、「突然の死によって中断され、誰も完成した姿を知ることができなくなったので、後世の人々が利休の茶の本当の姿とは何だろうかと、考えざるをえなくなり、それぞれの人が自分の茶への想いを利休に重ねていったからではないでしょうか」と答えました。

そう答えた後で、「手紙を読む女」の背景の余白も同じようなものではないかと、二つが結びつきました。つまり、画中画が存在しないことで、絵画に対する解釈が閉じられていなかったからこそ、人々は、手紙を読む女性の姿に、自分のその時々のいろいろな思い反映させた解釈を投影することが出来た、そのこともその絵画の魅力の一つであったのではないだろうか、と。

魅力を作り出したのは、余白の効用ということになります。

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