大日本茶道学会

【茶道コラム】第43回「ひとときを楽しむ」を追加しました

先日こんな質問を受けました。「濃茶をいただいた後、お茶銘は、お詰はとただ伺うので
よいのでしょうか」と。その方はなんとなく違和感があると質問してくださいました。
この「違和感」とは、何気なく型どおりに言葉を発しているようで、相手に対して何か
失礼な気がしたというのです。いただいたお茶の銘や詰を伺うのですから、心がこもる
言葉のように思うのですが・・・ということでした。

そのときふと『気配りのすすめ』という本のタイトルが頭に浮かびました。
ご存知の方も多いかと思いますが、ベストセラーとして世間の話題をさらってから早40年が
経つようです。NHKのアナウンサーであった鈴木健二氏の著作です。
どんどん発展して日本の黄金期、「気配り」はどちらかというと、自分の利益のためにする
表面的なものへと変わりつつあったのでしょう。心ある社会を作るためにと「思いやりの技術」
を仕事、日常の中からも再発見したいという内容だったかと思います。

そういう現在は、気を配る・配慮するということが型にはめられていて、マニュアル化されて
いるように思います。「どうしたらいいの。考えてごらんなさい」と指導を受けているのは
現在の小学生で、「こういった場合にはこうしましょう」と教えられてきているように思います。
実際には、日常生活の中で人と話すときには、相手の言葉をよく聞き、どう考えていらっしゃる
かとその心を汲み取るように会話をしているはずなのに。

茶席でもつい自分たちで枠や型を決めてしまって、挨拶応答もマニュアル化して、自分で考え
心のこもった振る舞いが少なくなっているように感じることがあります。
多分、そのようなことに気が付いて、質問をしてくださったのでしょう。
ただ「お茶銘は?お詰は?」と聞くのであっても、美味しかったという満足感を感じながら
どちらのお茶なのだろうかと思って声を出すのと、ここでは聞かなくてはいけないとただ言葉を
伝えるのでは、まったく違うニュアンスになります。

「だから難しいの」と嫌がられそうですが、相手によっても、場合によっても同じことは二度と
ないのではないでしょうか。だからこそ、人と一緒に小さな空間で楽しむ茶のひとときは、
「どうかしら?」と相手のことを考えながら心を汲み取って応対することが素敵な茶人となる
ように思えます。
小さな目標を決めて進まずに、大きな緩やかな円を目指して触れ合ってみませんか。

教場長 田中 仙融 (令和4年2月発行 会報「えんじゅ111号」掲載)

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