大日本茶道学会 - 公益財団法人三徳庵

令和8年10月:秋蚕

 蚕は育てられる時期により名前がつけられているのをご存知ですか?

 5月~6月に育てられるのが「春蚕」、7月~8月に育てられるのが「夏蚕」、9月~10月に育てられるのが「秋蚕」になります。

秋蚕の飼育は、富岡製糸場の初代場長、尾高惇忠氏が秋にも養蚕をすることを奨励し、旧松久村(現美里町)に住む深沢豊次郎氏が積極的に取り組み、その後、全国に広まっていったと伝えられています。

日本の近代化を支えた製糸業の発展には、養蚕が盛んになることが不可欠であったということを「秋蚕」という言葉は、象徴しているように感じました。

細井和喜蔵の『女工哀史』と山本茂美『あゝ野麦峠』の影響でしょうか、製糸業というと製糸工場で働く女工たちばかりに、関心を寄せてしまったような気がします。

女工たちが、どれだけ効率的に糸を引けるかの競争ができる前提として、繭玉が豊富に製糸工場に届けられていなければ、話は始まりません。だから、蚕の生産量を上げるために秋蚕が奨励されたという構造は、養蚕が当たり前に盛んに行なわれていた時には、問題にもされなかったのでしょう。「秋蚕」は、季語にもなっています。
 
月さして秋蚕すみたる飼屋かな

 仙樵居士が師事した村上鬼城の代表句の一つです。

蚕が繭を作り終えたのを見届け、見上げた月の光が澄み切っていたことを示すことで、住居の2階に蚕室を確保した養蚕農家の生活と密着した営為が、月によって祝福されることを祈るような句に感じられます。

 少しメランコリックな解釈になるのは、最盛期には、220万戸あった養蚕農家が、わずか113軒に減ってしまったと聞いたからでしょうか。

 製糸工場にのみ関心を寄せて、養蚕農家への関心が薄かったことを反省し、身近な絹の未来に心を寄せなければなりません。

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