学校で茶道を伝統文化としてまた、室町の文化の一つとして紹介する取り組みが増えていることは、
大変に嬉しいことです。
その反面、子供たちの主な稽古事(習い事)のランキングには、茶道は入っておりません。
また、生涯してみたい習い事の中にも、茶道、華道、香道などは、その他という中にまとめられて
しまっているという悲しい現実があります。
「茶道・華道は身につけておきたい習いごと」と言われていたのは、ずいぶんと昔の話になって
しまったよです。
でも、学生時代の友人たちを見回してみると、大学時代には茶道などには関心はないと思っていた
人たちが、いつの間にか、どこかのタイミングで茶道に関わっていてくれおり、「細かいことは忘れて
しまったわ」と言いつつも、茶道に対しては日常に活かせるものとして受け止めている方が多く、
ありがたいことと思っています。
習い事というと、教えていただいたことをきちんと覚えることであり、自分で工夫したり、それを
自分の日常の中に咀嚼して違う場面に応用したりしてよいことを教わっている、いう気持ちが無く
なってしまうように思います。
「茶席でのもてなしは、日常の延長ではなく、特別なものにしてつまり、非日常のものですよ。」
とよく言われます。しかし、畳を敷いた家で、立ち居し、襖を開け閉てし、足を畳んで暮らしてきた
方にとっては、日常の延長にしてしまっては、心がこもりません。
しかし、生活様式が全く様変わりしてしまった現代、茶道で習ったことは本当に非日常のこと
でしかないのでしょう。
畳に座り向かい合いもてなすことが日常的に行われていた時だからこそ、いつもとは違う非日常
という心配りが求められたのです。人をもてなすスタイルまで全く変わってしまった現在には、
まずは、茶道で行われていることを日常にすることから始めなければならないのかもしれません。
茶道を習う人が少なくなる。手順を教えるのではなく、茶道を通して何を伝えてきたのかを
考え直すよい機会になっているのではないかと考えています。
その答えは一つではないかもしれません。
相手を尊重する気持ち、慎む気持ちが底にあれば、スタイルはいくつかあるのではないでしょうか。
ご一緒に模索してみましょう。